「タイパ(タイムパフォーマンス)」という言葉が定着して久しい今、短時間で効率よく満足感を得ることは、多くの人にとって当たり前の感覚になっています。しかし、その効率重視の生活が、知らないうちに心身を疲れさせているとしたらどうでしょうか。今回は、あえて効率を手放し、ゆっくり過ごすことで自律神経のバランスを整える「逆タイパ」という考え方をご紹介します。

「タイパ重視」の生活が引き起こす脳の疲れ
次のような行動に心当たりはないでしょうか。
● 必要がない時でもスマートフォンを見てしまう
● 動画配信サービスでは、ショート動画や切り抜き動画を視聴することが多い
● 短時間の動画でも倍速視聴やスキップ再生をすることが多い
● 書籍や長い文章を読む時は、まとめ記事や要約サービスを活用している
● 内容や結末、評価をネットの口コミでチェックしてから、見る映画や購入する商品などを決めている
こうした行動は、タイパを重視する人によく見られるものです。多忙な毎日の中で効率化を図ること自体は大切ですが、常にインターネットやSNSにアクセスして情報を集め続けると、必要のない情報まで無意識に詰め込み、脳が知らないうちに疲労をためてしまうことがあります。近年は、スマートフォンの使い過ぎやマルチタスクによる情報過多が引き起こす「脳過労(脳疲労)」という言葉も使われるようになりました。「脳過労」とは、脳が処理しきれないほどの情報にさらされ続けることで、疲労や集中力の低下といった不調が生じる状態を指す言葉です。

自律神経のバランスが乱れる理由
自律神経とは、心臓や血管の動き、呼吸・消化の働き、体温調節など、全身の機能を意思とは関係なく自動的に調整している神経のことです。寒い時期に手足や皮膚の血管を縮め、体の中心部から熱が放出されるのを防ぐのも、この自律神経の働きの一つです。自律神経には、活動時に優位になる「交感神経」と、休息時にリラックスへ導く「副交感神経」の2種類があり、両者がバランスを取り合うことで、体は最適な状態に保たれています。
しかし、常にせわしなく動き回るタイパ重視の生活では、脳の緊張や興奮が長く続きます。そのため交感神経が過剰に働き、副交感神経の働きが弱くなるおそれがあります。つまり、本来はリラックスして休むはずの時間に、十分休めない状態になってしまうのです。
このような自律神経のバランスの乱れは、次のような不調につながる場合があります。
身体面:寝つきが悪い、食欲がない、めまいや頭痛・肩こりが続く、倦怠感や疲労感が取れない
精神面:常にそわそわして落ち着かない、漠然とした不安を感じる、わけもなくイライラしたり落ち込んだりする
冬の寒さそのものが、自律神経に負担をかけやすい季節です。屋外の寒さと屋内の暖房による寒暖差、冷え込む夜による睡眠不足など、ただでさえ自律神経が乱れやすい条件が重なります。そこにタイパ重視の忙しない生活が加わると、心身の不調がより起こりやすくなると考えられます。

「逆タイパ」という選択
そこで取り入れたいのが、タイパ重視に逆行する「逆タイパ」生活です。オンとオフのメリハリをつけ、あえてゆっくり過ごすことで、自律神経のバランスを整えていく考え方です。具体的な方法をいくつかご紹介します。
① スマートフォンに触れない時間をつくる
まずは、一日のスマートフォン使用時間をノートやスケジュール帳に書き出し、客観的に把握してみましょう。使い過ぎを自覚したら、意識的にスマートフォンから離れる時間を設けます。サウナや銭湯に行く、シャワーを浴びてぼーっとする、好きな音楽を聴くなど、自分がリラックスできる方法をいくつか持っておくと、習慣化しやすくなります。1泊2日程度の旅行が可能であれば、旅先ではあえて何の予定も立てず、宿泊施設に“おこもり”して「何もしない」時間を楽しむのも、生活のリセットに効果的とされています。.
② “今”に集中する時間を持つ
ぼーっと過ごしているつもりでも、頭の中では次から次へと考えごとが浮かんでしまうことがあります。不安や悩みといったネガティブな思考は、頭が「暇」になった時に浮かびやすいとされ、これがストレスの原因となる場合があります。そこで大切なのが、「今のことに集中する」=「頭を暇にしない」ことです。部屋の掃除に没頭する、散歩に出て景色や風を感じるなど、行動や環境を変えながら目の前のことに意識を向けると、無心になりやすく、脳の疲れやストレスの解消につながるとされています。
③ 五感を心地よく刺激する
五感を心地よく刺激することも、副交感神経を優位にしてリラックスモードへ導く方法の一つです。きれいな景色や写真を眺める(視覚)、好きな音楽や自然の音を聴く(聴覚)、マッサージやストレッチ、ぬるめのお湯につかる(触覚)、お茶やコーヒーなどをゆっくり味わう(味覚)、好きな香りを楽しむ(嗅覚)といった過ごし方がすすめられています。あわせて、ゆっくり鼻から息を吸い、ゆっくり口から吐く呼吸法も、副交感神経を優位にしてリラックス状態に導く効果が期待できるとされています。
なお、こうしたセルフケアを試みても過度の疲れやストレスが続き、仕事や日常生活に支障が出る場合は、なるべく早く心療内科や精神科を受診することが大切だとされています。また、頭痛や肩こりが続き内科や整形外科を受診しても原因が見つからない場合、その背景にうつ病などの精神疾患が隠れている可能性もあるとされており、心配な症状がある時は心療内科や精神科への相談が推奨されています。

「ぼーっとする大会(スペースアウト・コンペティション)」
近年では、何もしないでただ「ぼーっと」過ごす時間を競うと言う国際的なウェルネスイベントも開催されています。スペースアウト・コンペティションは2014年に韓国でスタートし、日本やオランダなど世界各地で開催されています。
基本ルールは
- 制限時間(通常90分間など)の間、ただひたすらボーッとする。
- スマートフォンを見る、私語をする、時計を見る、笑う、居眠りをするなどは禁止
審査基準は
- 技術点: 測定器を装着し、心拍数がどれだけ安定しているか(リラックスしているか)を評価。
- 芸術点: 観客による投票や服装・表情などで「いかにぼーっとしているか」を評価
というユニークな大会です。こういった催しに参加してみるのも時間の使い方を考え直すきっかけになるかもしれません。
まとめ
寒さと忙しさが重なりやすい冬は、効率を求める気持ちがいつも以上に強くなりがちな季節でもあります。だからこそ、あえて立ち止まり、何もしない時間やスマートフォンを手放す時間を意識的につくってぼーっとしてみたり、景色を楽しんだり、ゆっくりお茶をしてみてはいかがでしょうか。「逆タイパ」という視点を持つことが、この冬を心地よく乗り切るための一つのヒントになるはずです。